2005年8月の日記

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8月30日(火)

詳細に卒論の日々の進展状況を書くのはいいのだが、これが逆に「いかに出鱈目な卒論執筆を
私がしているか」をわざわざ自分自身で証明しているような気がしてきた。

まあこれも「良いことも悪いこともオープンにする」ポリシーに基づくということで。

ともかく本日で Methodology パートが終了。



8月29日(月)

本日より Methodology パートを執筆開始。

Methodology とは「どうやって調査分析を進めてくの?」という説明をするパートである。

ここでは既に実際に行った調査分析をひたすら書いていく。

しかしながらその正当性を参考文献でサポートする必要があるため、1日では終了せず。

それでも明日中には書き終えられるだろう。



8月28日(日)

土日の2日間を使ってスコットに指摘された部分を修正。

全体の論理の整合性をとるために1,500以上の文字といくつかの図をバッサリと切り捨てた
だろうか? うーん、もったいない。



8月26日(金)

学校からのガイドラインによると今日が卒論の 1st ドラフト提出日のため、イントロと Literature Review だけの状態でとりあえず担当教官のスコットの意見を仰ぐ。

その結果、進行の遅さを憂慮されるのはもちろんのこと、Literature Review の意義の取り違え
を指摘される。

なるほど、それは知らなかった。
即修正にとりかかる。



8月24日(水)

卒論執筆に追われてしまい、せっかく細々と続けてきた日記をつける習慣が崩れてしまった。
MBA 生活も最終局面にさしかかったというのに。
(現在9月5日。)

もう記憶も不鮮明なので日付を付す意味もないが、とりあえず1日1トピックで書いておく。

先週の土曜日に提出した書類選考の結果、落選通知が届いた。

落選理由がどこにあるのか不明だが、OK だと思い込んでいる自分の訴求ポイントのピントが
ずれているのかもしれない。

この辺りは人材紹介会社等と話し込んでいくことで確認していこうと思う。



8月23日(火)

夏学期の Marketing Communications の成績が発表になった。

この科目は既に40%を占めるグループワークで65点をとっていたので大して心配する必要が
なかったし、60%を占める個人課題も「60%ぐらいの評価も期待できる」(6月の日記)出来
具合なのでパスできる自信があった。

その結果は56点、トータル60%で通過。

ということで、めでたく卒業に必要な単位数を満たすことに成功!!

つまり後は卒論さえ認められれば晴れて MBA 学位取得、である。

しかし浮かれた気分にならない。

その理由は現在取り組んでいる卒論の品質の低さである。

同じ課題エリアの科目の「60%も期待できる」と思っていた課題が56%しか取れなかった。
この科目で50〜60%レンジに居る学生は24人中9人(50%以下は0人)ということなので私はまたも下位にて通過したことになる。

自信があって何とか56%、と言うことは自信のない卒論はどうなるのか?という恐怖感がある。

しかし今さらうだうだ言ってもしょうがない。
ひたすら目先の作業に没頭するのみ。



8月22日(月)

予想通り(?)に卒論の締切日が近づいてきて自転車操業になってきた。

今日は「参照」の名の下に、数冊の文献を丸写ししただけの大学の時の卒論執筆に近いような
状態になってしまい、一気に1,000文字以上を書いた。

うーむ、こんなんでいいのだろうか?

こんな事をここで公開すると「MBA なんて低レベルだな」と MBA ブランド全体にまで悪影響を
与えてしまうような気がするが、少なくとも私個人に限っては事実なのでやむなし。

ちゃんと(?)大変な目に遭ってきたことは既にさんざん書いてきたわけだし。

残された短い期間、ひたすら自転車操業を進めるのみ、である。



8月20日(土)

月曜日が締め切りとなっている地元企業の中途採用への応募書類を提出。

ここも歴史ある日本企業のせいなのか、書類の準備が面倒で昨日ほぼ1日を費やす。

まず400文字の作文。
こんなのがどうビジネスに関係あるのか不明だが、とにかく課題のテーマに自己の人生観の
ようなものを絡めて書き上げる。

また、職務経歴や志望動機も作文形式でかなりの文字数。

これを書類段階で詳しく書くということは面接では突っ込んだ内容を話すことになるのか?
面接前には準備が必要になりそうだ。

ここは年齢制限なし、と明記されているので書類突破を期待している。



8月18日(木)

昨日の Financial Analysis に続き、今日は Strategy & Practice の結果が発表された。

この結果がわかるページをクリックするのはドキドキものだった。
必修科目であるこの科目の単位を落とすと私は即退学になるからだ。

結果は。。。60%で通過!!!

この科目はグループワークが評価の40%を占めており、グループワークの出来具合がそこそこ期待できたためそんなに心配はしていなかったものの、やはり結果を見るまでは不安だった。

60%を占める個人課題が6月の日記で「参考文献に書かれていることをそのまままとめただけのようなつまらない論文になってしまったため、60%の評価をくれとは言わないが、50%はくれていいだろう。」とそれほど高い自己評価でもなかったし。

内訳を見てみると、私の関わったプレゼン(たった10%)が67%で全体の中で中の上クラスの評価、30%を占めるグループレポートが66%と中位クラス、そして60%を占める個人評価が
56%と低評価、という評価。
個人評価に関しては提出時の手応えどおり、というわけだ。

これでまた卒業にむけて一歩近づくことが出来た。

残る2科目のうちの1科目で50%超の評価を得られれば卒業のための単位数は揃う。

ついにゴールが見えてきたか?



8月17日(水)

夏学期の Financial Analysis の成績が発表された。

6月の日記によると、「本当にこんなのでいいのだろうか?との疑問を捨てきれないまま提出。」とあるとおり、自信のない科目であった。

結果は54%とギリギリで通過。

30人ほどの受講者の中、50%以下と単位を落とした学生は1人もおらず、そして50%〜59%は6人だけ、という状況。
つまり私は皆が通る易しい科目を最下層で通過した、というわけだ。

それにしてもこの科目の課題はどんな回答を求めていたのかいまいち不明である。
どう答えたら好成績になるのだろうか?

好成績をとった人に提出した課題を見せてもらいたいぐらいだ。



8月15日(月)

高校の同級生とゴルフ。

10日ほど前に練習に出かけた際、1年ぶりにゴルフクラブを握った割にはそこそこ打てたので
心配してなかったのだが、やはりコースに出るとなると別物だった。

結果は悲惨なものとなり、ゴルフを始めて10年弱の中でのワーストタイスコア。
特に感覚が全く失われていた前半のスコアは経験も予想もしてない凄惨なものだった。

ゴルフは歳をとっても続けられるいい趣味だと思っているので、就職決まって落ち着いたらこんな悲惨なスコアを出さないよう再開したい。



8月14日(日)

1日中ネットで職探しをしていた。

勤務地を大阪・京都など近畿圏にまで広げれば何とかなりそうな印象。
(高給は望まないという前提で。)

早めに動けるように卒論を仕上げてしまわねば。



8月12日(金)

何とか回復、午後から大学へ。

しかしまだ(いつもよりも)ボーっとしており、PC のケーブルを家に置き忘れてしまった。
そのため大学では1時間ぐらいしか作業が出来ず、限度の3冊を借りて自宅で作業。

イントロの次の章は Literature Review と呼ばれる関係する文献の整理をする章。

文献の整理、ということは文献の参照をする必要があり、作業に時間がかかる。
大学の卒業論文のように適当な著作をほぼ丸写ししてしまえればどんなに楽だろうか。

こんな状況にも関わらず、来週ゴルフに参加する。
作業を進めるのと同時に、担当教官への作業の遅れの言い訳を考えたほうがいいのかも。



8月11日(木)

決意したばかりにも関わらず、なぜか体調を崩し昨日を棒に振る。

風邪か?



8月10日(水)

長い夏休み(?)を昨日で終わりと決意し、今日から大学通いを再開。

8月26日に 1st ドラフトを提出、というスケジュールを文字通りに受け止めれば1日あたり1,000文字近い超ハイペースが必要となる。
(もちろんこれまである程度は各内容を考えてあるのでいつもほどは厳しくないはずだが。)

ということで参考文献などがほとんど必要ない楽なイントロの章を一気に書き上げる。

アンケートのサンプル数や競合店調査の甘さなどリサーチに不満はいろいろとあるものの、
ここまできたら文字を書くというアウトプットを出すことを意識してとにかく進めるのみ。



8月8日(月)

ここで私が賛成の意を表した郵政民営化法案が否決され、衆議院議員総選挙が避けられない情勢となってきた。
(無用なトラブルを避けるため、ここで政治に関する自分の考えには触れたくないのだが)

報道は相変わらず議員達の「○○サイドに付く」といった動きばかりに終始している。

象徴的なのが大仁田厚議員を追いかける報道である。

「民営化には賛成だが、地元の長崎を思えば etc。。。小泉チルドレンの私達としては。。。」

とまったく意味不明なロジック(ロジックにもなってないが)を大げさな演技付きで振り回す彼を
映し続けていた。

スタジオにいたハマコー氏が一喝したように、賛成反対の意思表示もできずに棄権という彼の
今回の行動は単なる職務放棄にすぎない。

日本国民は議員の質を高める能力や手段を持っていないのか?
いや、そんなはずはないだろう。

急に話のスケールは小さくなるが、こんな「どっちつかずで自己の意見はまったく表さずその場を
収めようとする」態度は世界中どこでも通用しない、と言うのが MBA 留学で私が学んだことの
1つである。

好むと好まないに関わらず、白黒つけることが求められる政治やビジネスの場では日本においても通用してならない態度だと思うし、通用しない国であって欲しいと思う。

なのでこのトピックを取り上げる以上、世界のこんな隅っこではあるが私も立場を明確にしなければならないだろう。

「できれば避けたい。」と思いながらも政治に関するトピックに対する自分の意見をここで述べるのはこういった理由からである。



8月7日(日)

昨日のダメージが抜けるはずもなく、1日を無駄使い。

ニュースを見ていると武闘派を自ら宣言するカルト集団(?)が出てきた。

どちらかと言うと面白半分で取り上げられていたように感じたが、この扱いは危ない。
オウム真理教(現宗教団体アーレフ)も当初はこっけいな団体という扱われ方だった。

マスコミに取り上げられて知名度が上がることによって組織が肥大化し、破壊活動を加速させてしまう危険性が高まるように思う。

この集団は武闘派と自ら認めているのだから。

こういう集団を見ると、日本人の無信仰が災いしているように思う。
確固たる信仰がないため心に隙間が生まれている、というわけだ。

こんなニュースを見ると日本の将来を憂いざるをえない。

これほど豊かな国、日本に多数の深刻な問題があるとは不思議なものだ。



8月6日(土)

今日は60回目の原爆記念日。
合掌。

と、そんなこと言いながらも昼1時から夜2時まで、13時間も飲んでしまった。。。

友人と昼食を取りにちょっとだけ外出したつもりだったのに何故?



8月3日(水)

携帯電話の機種変更。
約5年ぶりの機種変更である。

ついに私もカメラ付き携帯を入手。
(かつては移動体通信の世界に身をおいていた、とは思えないセリフですね。)

私は目覚まし時計に携帯のアラーム機能を使うため、寝るときはマナーモードにしない。
そうすると、迷惑メール(いわゆる「出会い系」の宣伝ですね)に悩まされてしまう。

私の使用機種の取扱説明書を見ると、携帯からはメールアドレスの変更は不可、とのこと。

ということでアドレスを変更してもらおうと au ショップを訪れたのだが、店員曰く
「最新の機種なら直接端末からいつでもアドレス変更できるのですが。。。」
というセールストークに乗っかったことと、これまでのポイントを使用すれば機種変更の現金支出は大したことないということもあって新機種(最新ではない)に変更。

30過ぎたおっさんが言うセリフではないが、私は「かわいい」ものが好きである。

英語においても「lovely」だとか「cute」という一般成人男子があまり使用しない単語を使って周囲の人たちを訝しがらせたのを思い出す。

そして着信音(メロディではなく「うた」そのものが流れる。もう外資系の日本の携帯端末市場への参入は大きな革新がない限り不可能か?)にはフリッパーズギターの「恋とマシンガン」を設定。

30過ぎたおっさんの選択として我ながらちょっと寒いような気がするが、ビジネスなど気を使う
場面ではマナーモードにすればいいだけ、と割り切る。

しかし、残念ながら今晩の携帯への着信はゼロ。。。

現在のところ、まだ着信音を楽しんでいない。



8月2日(火)

帰国の挨拶を言い訳として各方面にアンケートサイトの宣伝を行ったが、目論見ほどの反響が
現在のところ得られず。

Web アンケートならサンプル集めるの簡単だろ、と思っていた自己の甘さを反省。

そこで改めてお願い申し上げます。

このサイトは当初の思惑と異なり、私と面識のない方によく見ていただいているようです。

そのため直接お願いや御礼を申し上げることはできませんが(システム上誰がアンケートに答えたかわからないこともあり)、アンケートへのご協力をぜひともお願いいたします。

アンケート入力フォームはこちらです。

どうぞよろしくお願いいたします。



8月1日(月)

郵政民営化に賛成票を投じた自民党議員が自殺で亡くなった。

私は郵政民営化賛成派だが(反対派の議員達には郵政民営化なしでどうやって財政赤字を縮小に持っていくのか明確な代案を示して欲しいものだ)、反対賛成の議論はここではしない。

問題なのは「亀井派は反対派で。。。」と派閥力学に明け暮れる議員達とその活動のみに焦点を当てて報道するマスコミの両者にあると思う。
時間が経てば経つほど郵政民営化議論の本質から遠ざかっているように思える。

そのうち「死者を出すような法案が許されてはならない」などといった本質から遠くかけ離れた
感情論だけの議論になっていくのではないかと危惧している。
(亡くなった方への非難をしているわけではないので誤解のないように。)

ここでも繰り返して言葉を使っているように、私は常に「本質」に執着するよう心がけている。

議論の場では「この議論は本質的に何を解決するための議論なのか?」、ビジネス上考えこまなければならなくなった際には「問題の本質は何なのか?それはどこにあるのか?」を考えるよう、訓練してきたつもりである。

この習慣は主にビジネスの様々な局面で有益だった。

ただ、私の飽きっぽい性質と相まって「一度本質的でないと判断してしまった業務」に対する
モチベーションが著しく低くなるという副作用もある。

そのため、一度失ったモチベーションを回復させるため「この経験は○○という形で自分の将来に役立つに違いない」などと自分を無理矢理に納得させるのが大変である。

まあそんなことはともかく、議員達には「本質的な議論」にリソースを費やしてもらいたいものだ。