2005年7月の日記

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7月31日(日)

粉飾決算を行ったカネボウの旧経営陣が逮捕されたと聞く。
21世紀のこの世の中で未だこんな精神構造とは、と驚く。

こういう人たちだから業績が悪化するのか、それとも業績が悪化したから追い詰められてこんな考え方をするようになったのか。

個人的体験も含めて考えると、前者7後者3といった感じだろうか。

気の毒なのは社長・副社長から監査法人を欺くよう強要された経理担当者たちか。

しかしながらこの経理担当者たちの立場を少しだけは同情するものの、基本的には「サラリー
マンの悲哀」などと簡単に片付ける気にはならない。
カネボウ社内には浄化機能がなかった、と言わざるをえない。

ではこういったことが身に降りかかってきたらどうすればよいのか?

こんな指示が下りてくる前に「この会社もうダメだ」と空気で感じるのが普通だと思うが、それでも実際に指示されてしまったら?

もうこんな風土下で具体的に指示されてしまったらこのカネボウのケースのようにどうしようもないだろう。

やはりこんな指示に対して「No」と言えるだけの社内発言力を身につける・そして「No」という意見が通る風土作りに加担する、といった常日頃の地道な努力以外に対策はないだろう。

このような地道な努力こそが企業の浄化機能なのだ。

関係者の方には気の毒だが、このケースを反面教師として日本企業には「当たり前の事を
当たり前の事として取り組む」組織であってほしい。



7月30日(土)

ようやく準備が整い(私が作業してなかっただけだが)、本日から店頭アンケート調査開始。

それと同時に一般的市場調査のためのインターネットアンケートも本日オープン。

アドレスはこちらですので、特に女性の方ご協力をお願いします。

システムの都合上、いつ誰がアンケートに答えたかわからないため、既にご協力いただいた方に私から直接「ご協力お願いします。」というメールを再度送ってしまうかもしれません。
そういった場合に備えて事前にお詫び申しあげておきます。

「何度もしつこく失礼しました。」

こういった調査はサンプル数が多ければ多いほどいいので、このアドレス
http://www.supreme.co.jp/cfm/ask3/preview.cfm?nID=977275368&P=724284909
を広めていただければ幸いです。

今日はひたすら宣伝。



7月28日(木)

ようやくプロジェクトで使用するアンケート用紙作成。

プロジェクト、遅々として進まず。



7月27日(水)

土曜日に受験した結果連絡が来ない。
つまり落選。

ふーん。
年齢の壁厚し。

まあ採用側の立場に立てばそんなものだろうし、筆記試験に対して特別な準備無しで十分に
対応できるとわかったのでそれでよしとしておこう。

今日は両親の趣味である家庭菜園の手伝いを少々。

こんなのほほんとした生活を過ごしていていいのかとも思うが、どんな形であれあと数ヶ月でまた元のようにビジネスの世界に戻る(はずの)ため、それまではこの身分でなければできないことを気の済むまでしておこう。



7月26日(火)

再びプロジェクトのためクライアント近隣の競合店調査に歩き回る。

駅周辺のほんの狭い範囲だけで14軒(!)もの競合店が存在することを確認。
もちろんここは東京の銀座や表参道とは事情の異なる、ただの地方都市の住宅街なのに。

明らかに小売業と同様にオーバーストア状態だと思う。

となると、小売業同様に大手による寡占が中長期的に進んでいくことを示唆しているのか?

ただでさえ土地勘のないビジネスであることに加え、経済誌や MBA 等アカデミック的に取り上げられることのほとんどない産業であるため、過去の経験や MBA で学んだことの適用と応用に
スムーズに頭が働かない。

だからこそ卒業プロジェクトで取り上げる価値があるトピック、とも解釈できる。
どこかで読んだことのあるようなありきたりな話にはならないだろうから。



7月25日(月)

痩せない。

イギリス滞在時は断続的にしかできなかったジョギングを帰国以来2週間ほぼ毎日しているの
だが、体重体脂肪共にまったく変化が現れない。

10年ほど前は2〜3週間有酸素運動に取り組めばあっという間に痩せていたのに。。。

帰国以来食べ物も増えたとは思わないし、むしろ和食になった分低カロリーだと思うのだが。

もっとストイックに夜遅くのビールを断ったりすれば成果が体重体脂肪といった数値に表れるのかもしれないが、言い訳としてそれでは本末転倒である。

というのも、そもそも走っているのは健康的な生活を送るためであり、体重体脂肪のチェックは
その成果を監視するためである。

それを体重体脂肪の減少そのものを目的にしてしまっては、「ビールは飲んじゃダメ、○○は
食べちゃダメ。。。」とある意味不健康な生活になってしまう。

そういう意味でビールを断つのは本末転倒だ、という理屈にして自分を甘やかしている。

そんなわけで、しばらくは今までどおり特に食べ物飲み物は遠慮せず、あと1ヶ月経っても全く
体重体脂肪に変化が現れないようだったらその時考え直そうと思う。



7月24日(日)

中学の同級生達とバーベキュー。

酷暑の中のバーベキューはつらい面もあったが、それでも旧友達とくつろいで過ごす時間は
楽しいものだ。

基本的に皆変わることなく、変わったことといえば話す話題が少々大人になったこととその場に
小学生の子供達が同席していることぐらいだろうか。

卒業後もこういった時間を過ごせるような進路を選択できればいいのだが。



7月23日(土)

先日応募書類を提出した企業の1次試験である筆記試験に参加。

試験会場に到着してみると、これまでの転職活動で経験したことのない会場の雰囲気。

募集要項が「企業等での勤務経験があり、大学もしくは大学院を卒業して3年以内」となって
おり、文字通りに解釈すると私も範疇に含まれると判断して応募したのだが、集まった人たちは皆いわゆる「第2新卒」という人達であり、SPI 試験対策本なんてものを読んでいる。

私から見ると勤務経験があるのかないのかさえ見分けがつかないような集団であり、そんな感じの応募者が30名弱集まっていて明らかに私は浮いている。

この企業の知名度を考えるともっと大量に応募者がいそうなものだが(もう1ヶ所の試験会場の人数は不明)、これだけしか集まってないというのはやはり募集宣伝の不足、つまりはそれほど採用に対する真剣味がないとしか思えない。

試験はまず国語&数学。

昔の話だが現代国語には絶対の自信を持っていたこともあり、国語は問題なし。
数学部分も MBA 留学のために GMAT 対策で勉強しており、問題なく通過。

毛嫌いしていた GMAT がこんなところで役に立とうとは。。。
人生どこで何と関係が発生するのかわからないものだ。

ということで、この試験はかなりの出来具合だろう。
日本語で GMAT をやったらこんなものなんだろうな、と今さらながら英語ネイティブの学生達を
うやらましく思ったりする。

休憩をはさんで論述試験。

まずは4つの中から2つほど用語を選択してその解説。

2つは全く想像も付かなかったので自動的に2つを選択。
後になってチェックするとそのうちの1つは全くの見当はずれ。

さらに1,200文字の論述試験。

内容についてここで書くことはできないが、自画自賛するほどいい出来具合だと思う。

そんな感じで筆記試験の出来具合はいいほうだと思う。
普通に考えれば通貨の手ごたえあり、となる。

しかし心配なのが、そもそも私が採用の範疇に入っているかどうか、である。

試験会場に入った瞬間からその心配があったのだが、人事担当の方の挨拶で「この度第2新卒の方を採用するにあたりまして。。。」とはっきりと「第2新卒」と明言してくれたことによってその
不安が増幅。

試験出来具合そのものは手ごたえがあるわけなので今日の結果が落選だとすると、この辺りに理由があるのは間違いない。

そう思えば気も楽だが、くそ暑い中スーツを着て出かけてって1日潰したわけなので「だったら
最初に言っといてくれよ。」とも同時に思う。

まあそれでも今回はやるべき最低限の努力は果たしたわけなのでよしとしよう。
もしこの先またこんな筆記試験を受けるとすればその練習にもなったわけだし。



7月22日(金)

今週頭の整理が大分進んだので少しだけ実際に卒論を書いてみる。

イントロを4章立てにしたのだが、そのうちの1つ、200文字強。
ゴールに対して約80分の1しか進んでいないことになる。

気が遠くなって逃げ出したくなるのでこういう計算をするのは止めよう。。。

このプロジェクトのクライアントである美容院を経営する友人へインタビュー。

アンケート用紙&サイトの準備・競合店調査・広告媒体の収集&分析、とやるべきと感じられる
ことが多数見えてくる。

日本に帰ってきてから時間がのんびりと流れているような気になっていたのだが、卒論の 1st
ドラフトの締め切りが8月26日のため、約1ヶ月で全ての調査&分析&論文作成、とかなりの
ハードスケジュールである。

何を調査&分析の対象とし、それ以外はすっぱりと外す、という判断が重要のようだ。



7月21日(木)

論文の構成の骨組みに肉付けする形で考えの整理を続けた後、アンケート用紙案の作成など。

ここ数日車で30分ほどの大学に通学(?)している。

この大学は、と言うより日本の普通の大学がそうなのだが、ウォーリック等と違って大学院生の数が少なく学部生がほとんどなので図書館は20歳前後の学生で一杯である。

今週は試験期間中との事なので、普段図書館に寄り付かない層も図書館にいるのだろう。

若い学生達(嫌な言い方)に囲まれていると色々と興味深い発見もある。

その1つが学生達を眺めていて思うのが、皆が同じようで見分けが付きづらいということである。

これは別に「今時の学生は個性がなくて。。。」といった非難をしているわけでもなんでもなく、
私が学生のときにスーツを着たサラリーマンが皆同じに見えたのと同じ感覚なのだろう。

1年ほど学生をやってきたわけだが、こういった昔の感覚までは取り戻せないようだ。



7月20日(水)

月曜日は早速さぼってしまったものの、昨日からプロジェクト再スタート。

大まかに論文構成は決めていたものの、具体的に各章でどのような事を書いていくかは全く考えていなかったので骨組みに対する肉付け作業を昨日今日と行う。

この作業によって各章毎にどういった論理構成を進めていくべきか、そしてアンケートでどのような情報を集めるべきなのかが少しずつ絞り込めてくる。

しかし全体的にこれですっきりとするかどうかまだクリアでない。

もう少し整理が必要だ。



7月17日(日)

長い間のほほんと過ごしてきたが、今日からプロジェクトスタート。

企業でのインターンという形のプロジェクトではないためプレッシャーの類は全くないものの、
何から何まで自分で段取りを決めて取り組まなければならない。

自分では作業内容を具体化できていると思っていたが、いざ手をつけようとすると何をどこから
どう手をつけてよいのか迷ってしまう。

ということで今日はまず1次データの収集方法を検討する。

そのための手引きは東洋経済新報社発行の「MBA マーケティングリサーチ入門」を利用。

ウォーリック MBA ではマーケットリサーチという独立した授業が存在せず、またマーケティングの授業でも独立したトピックとして扱わなかったのでリサーチに特化した実務経験があるわけではない私には何をどこまでどうリサーチすべきなのか特に迷いがあったのだ。

この本はそういった迷いを消してくれるいいまとまり具合である。
実務指南だけでなく、学術的な理論でサポートしてあるのがまた良い。

検討の結果、当初の考えどおり店舗でのアンケートと Web アンケートの2つでよさそうだ。



7月16日(土)

今後のプロジェクトを行うにあたり、まずは拠点(=卒論等の作業場所)を探す必要がある。

単に本を読んだりするだけでなく、パソコンのキーボードを叩く位の音を立てても OK な場所、と考えると大学ぐらいしか考え付かない。

それなりの規模の2つの大学が一般にも図書館を開放しているのは Web でチェックし、それらの大学を訪問。

まずは自宅から自転車で通学可能な私立工業大学へ。

使い勝手はよさそうだが、工業大学だけにビジネス関連の蔵書はほとんどない。
もし有用な書物があったとしても、一般の人間は持ち出し不可。

そしてインターネット接続はこの学校の学生に限られており、不可。

次に車で30分ほど要する私立文科系大学へ。

同じくインターネットには接続できないが、ビジネス系の学科を有する大学なのでそこそこの蔵書はある。
また、それらも3冊までは2週間ほど貸し出し OK とのこと。

車で30分かかってしまうのが難点だが、それもやむなし。

ということで来週の連休明けからここでプロジェクトを開始しよう。



7月15日(金)

中途採用への応募のため必要書類をある企業へ持参。
くそ暑い中とりあえずスーツだけは着て行く。

この企業の採用枠は事務1名、と非常に狭き門であり、「人材の多様化による社内活性化の
ため」という大義名分と全くマッチしていない。

たった1人中途採用しただけで企業風土を変えられるとでも本気で思っているのだろうか?

大勢に影響ない程度で「こんな取り組みもしてるんですよ。」と社内外への何らかのメッセージを発するためのエクスキューズとして中途採用をしているようにしか思えない。

そしてビジネスに本質的に何の影響も与えない作業のために関係する部署の人たちはそれを
自己の業務として忙しく動いてるわけだ。

「王様は裸だ!」
とどうしても言いたくなる性分の私がこんな企業に勤まるのだろうか?

試験さえ受ける前からこんな考えが頭に浮かぶぐらいだから相性に疑問はある。

久しぶりに学校のイントラネットを覘いてみると、Week 2 に受講した(私は1日だけだが)Managerial Economics の成績が発表になっていた。

2005年5月の日記によると、「パスできるかどうかの自信度はあまり高くなく、50%は何とか
超えるぐらいだろう」と予測していた。

しかし結果は70%、と不思議なほどの高得点で見事に通過。

全体でもトップクラスとは言わないが平均をそれなりに上回る好成績。

この科目は50%以下と単位を落とした学生が1人もいないようで、単に楽勝科目なのだろうか?
そういえば秋学期の経済学も全員が単位を落とさず通過しており、経済学系は甘いのかも。

一番自信のなかった科目のこの出来で、他の科目に対する自信にもなるが、そうは簡単に単位をくれない学校であることは十二分に学習済みである。

この調子で卒業させてくれ、と願うのみ。



7月14日(木)

初めての手術・入院をすることになった。

ここ数年鼻づまりが悪化しているようで睡眠にも支障をきたす状態が続いていたので時間が
取れる今のうちにちゃんと診てもらおうと思って近所の総合病院を訪問した。

診断の結果は2004年9月の日記で記したとおり、鼻中隔湾曲症(びちゅうかくわんきょくしょう)という鼻の内部の軟骨が歪んでしまっている状態+鼻炎による粘膜の腫れにより、気道が非常に狭くなってしまっている、とのこと。

点鼻薬と飲み薬で腫れを押さえていくやり方もあるようだが、それだと「ほぼ一生もの」とのことで、そのアイデアは却下。
薬をずっと飲み続けるなんて不健康この上ない。

ということで手術を選択したわけだが、さらに全身麻酔か部分麻酔かのオプションがある。
これはビビリなので気付いたときには終了となっている全身麻酔を選択。

入院期間は卒論を提出する(はずの)締切日の翌週から1週間。

診断後に他の手続きもあって保険代理業をやっている友人と会う。

私が現在加入している保険により、入院部分は勿論、手術費用も保険の対象になるかも。
これが出るとこの手術によって金銭的にはプラスになるという不思議な現象が起こる。

手術や入院を思うと今から憂鬱なので、せめて金銭的に報われて欲しいものだ。



7月13日(水)

地元企業数社のサイトをチェックすると、1社で「秋の定期採用」の文字を発見。

会社説明会は既に終わってしまったようだが、電話してみると1次試験の応募受付は15日(金)までということで、応募書類を速達で発送してもらって明後日直接持参することに。

この企業にせよ先日のキャリアフォーラムで唯一コンタクトを取った企業もそうなのだが、新卒や第二新卒などと十把一絡げな扱いがどうにも気に食わない。

「MBA を特別扱いしろ!」
などと思い上がったことを言いたいのではなく、当方の売りである職務経験等をアピールする
機会を与えられる前に「筆記試験」なんてつまらないもので選別されてしまうのが面白くない。

日本語ベースなら面接も苦手としないので得意パターンに持ち込む前にいわゆる「お勉強の出来る人達」にお勉強ベースだけで機会を奪われてしまうのでは、という恐怖感の裏返しである。

もちろんビジネスは実力の世界、与えられた課題をこなしながら這い上がっていくべきである、というのが正論であるのは百も承知なのだが。

やはりエージェントを通じての就職活動がいいのかもしれない。

ということでヘッドハンター2人とメールのやり取り。

両者ともウォーリック MBA の Web サイトを通して私に接触してきたアメリカのヘッドハンティング会社の東京オフィスの人たちであり、私が「西日本の物件よろしく。」と伝えると「任せとけ!」と
ポジティブな返事があるのが面白い。

というのも、日系の人材紹介会社の人たちが「西日本はあまり強くないのですが。。。」と弱気になるのと好対照なのだ。

特に1社は具体的な案件を提示してくれた上でアプローチしてきてくれたりと興味深い。

こういったヘッドハンティング会社が持つ案件はアメリカを中心としたいわゆる「外資系企業」の
案件が中心となるだろうが、どちらも経験があるので日系・外資と資本構成に対するこだわりは
何もない。

両者共にいい面悪い面それぞれある、ただそれだけのことだ。

まだまだ細かいところにはこだわらず手広く構えておこう。



7月12日(火)

市役所で転入手続き等行った後、荷物の搬入。

「入国日から7日前後」
と言われていたが、思ったより早く着くもんだ。

荷物が100kgを超過したため追加料金が発生して8万円強に。
痛し。

終日狭い部屋に大量の荷物(主に教科書や授業のフォルダ)を押し込む作業に従事。

実家に帰る、という一番楽なパターンでさえ生活のセットアップは時間を要するものである。



7月11日(月)

昨夜は高校時の友人達との飲み会。

ここ数日の疲れを癒すどころか変わらぬペースでの宴会続き。

帰国して数日しか経っていないのだが、すでに日本での生活が日常の感覚となっており、英国での日常生活は非日常となり、過去の思い出となりつつある。

寂しい気もするが、そういうものだ。

今日は最後の課題のビジネストランスフォーメーションを慎重に読み直し、提出。

昨夜の疲れもあり、これが今日の精一杯の作業。
すっかりのんびりとしてしまっているが、1週間ぐらいは OK だろう。



7月10日(日)

書くタイミングが遅くなったが、イギリスに関する2つの大きい話題が世間を賑わしている。

1つは大逆転で決まった(ように世間では捉えられている)オリンピック開催地がロンドン、というニュース。

ロンドンの街中も招聘のためにそれほど力が入っているように見えなかったので驚き。

2つめはテロ、という凄惨なニュース。

この時期ロンドンでプロジェクトを行っている同級生も多くいるはずであり心配だったが、特に
誰も巻き込まれなかったようで安心。

ただ自分の知人が被害に遭わなかったらそれで OK、というわけでない。
世界平和の実現、というのは解決不可能な課題なのだろうか。



7月9日(土)

激しい二日酔いと寝不足ながら、東京から広島への移動日。
今日からパラサイト生活のスタートである。

もともとは今日はトラブルの渦中にあり落ち込んでいるであろう大学時代の友人を訪問しようかと考えていたのだが、都合が悪い、とのことで会えず。

「何でも話し合える間柄をキープし続けることの難しさと重要さ」を痛感。
本当に心配。

広島への移動には新幹線を利用。

秋学期のオペレーションズの授業でスチュアートが日本の新幹線の凄さ(時間や停止場所の
正確性etc)を語っていたことを思い出す。

こんな凄いオペレーションを行って高度なサービスを提供する企業が(正確には同一グループなだけで別会社だが)世間から批判を浴びているのは日本市場の「品質」に対する厳しさを表しているだろう。
(もちろん凄惨な事故が二度と発生しないよう最大限の努力が要求されるのは当然だが)

この「品質に対する市場からの厳しい要求」が日本企業の強さの源泉の1つだろうからこういった目を消費者としては持ち続けるべきだろう。

その一方で大手マスコミなどは世界的な競争に巻き込まれるでもなく世間からの品質に対する
厳しい要求もあるわけでなく、それでいて世間ではエリートとされて高給を得られるという、なんと安楽の地であろうか。

しかしながらこうした歪んだ構図を指摘して悦に入るのでなく、むしろそういった企業へ就職して安住の地を謳歌するのも1つの生き方かもしれない。

ある程度はクリアになったはずの就職活動のターゲットだが、それでも迷いは未だ消えない。



7月8日(金)

午前中は連絡が上手く取れず、ヘッドハンターや推薦状を書いていただいた方と会えず、残念。

午後からは来年度の英国 MBA 留学を検討している方と会って経験談を語る。

こういった縁の広がりも当サイトの効果の1つであり、せこせことほぼ毎日のように作業してきた甲斐があったというものだ。

その後は丸の内の丸ビルへ移動し、以前の勤務先でお世話になった方を突然訪問。

この方とはビジネス観で共感できる部分が多く親しくさせていただいてきたのだが、現在も全く
異なる業界の企業でご活躍中のようで流石である。

私もこの方のように少々の企業や業界の変化に影響されず対応できる、資格だとかそういった
短絡的でない本質的な「ビジネス力」を身に付けたいものだ。

そしてゆりかもめに乗って留学生向けのキャリアフォーラムに参加。
5時閉場なのに到着はすでに4時半。

ひととおりまわってみるとかなりの企業が当初の目論見と外れて「新卒採用」のための出展。
日本企業の新卒偏重は未だ健在、ということだろうか。

1社ほど説明会に参加した後、欧州 MBA メーリングリストを通じて知り合った方ならびにその
友人と軽く新橋のアイリッシュパブで一杯。

その友人の方は私と同郷と言うことで驚く。
これまた人の縁とは不思議なものだと痛感。

さらにそのまま欧州 MBA の飲み会へ参加。

当初私と Bath MBA の A さんと二人で飲もうかと話していたのを折角なので、とメーリングリストに流して欧州 MBA の飲み会にしたのだが、非常に楽しく過ごせていい飲み会だった。

午後の留学希望の方との面談もそうだったが、ただの学位に過ぎない「MBA」をキーワードに
するだけで志を高く持つ方達に巡り会えることができるわけであり、この事だけを取ってみても
「留学してよかった。」と思える楽しい場であった。

幹事役をしていただいた A さん、ありがとうございました。

その楽しい場を早めに失礼し、今日も千葉へ。

昨日会えなかった某百貨店時代の同期に会うために今日も千葉で飲むことになったのだ。

ほぼ皆が同社を退職しており別の企業に勤務しているのだが、遅くまで勤務しているらしく集合が遅れたため幕張にマンションを購入した H 宅へ皆でお邪魔することに。

奥様も突然の深夜の訪問にも関わらず温かく迎えていただき、昔話に花を咲かせる。

話した内容はここでは書けないぐらいのくだらない内容ではあったが、このメンバーは個性や
趣味もバラバラながらも、現在でもビジネスという枠組みに囚われることなく何でも気楽に話せる学生時代の友人であるかのような貴重な仲間達である。

ビジネスの世界に一度入り込んでしまうと「全くの利害関係を抜きにした人間関係」を作りそして維持するのは難しくなりがちなので、この仲間達は本当に貴重な存在であり癒される。

今後の人生においてもこういった人間関係を作れるように世界を広く持ちたいものだ。

午前中2人の方と思ったように会えずに終わってしまったが、それでも今日も様々な方と会えて楽しく有意義な1日であり、無理なスケジュールながらも東京に寄ってよかったと本当に思う。

皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。



7月7日(木)

時差の関係で日本到着は翌日の7日。

イタリアの航空会社ということでワインを多飲するも眠れず、到着時は徹夜&二日酔い状態。

別送品の通関手続きや両替手続きを済ませた後、佐倉市でスポーツ店を営む友人宅へ。

そして昼食を共にし、久々の和食を楽しむ。

話を聞くと商売順調なようで何より。

重い荷物を預かってもらい、出願時に推薦状を書いて頂いた以前の勤務先の上司のご挨拶のため睡魔と闘いながら東京へ向かう。

現在は他通信事業者にて活躍されているようでこれまた何よりである。
やはりこうして一人一人挨拶に伺うのは意義のあることであり楽しいものだ。

その後は翌日に備えてスーツを購入し、千葉へ戻る。

今日は某老舗系百貨店勤務時の同期達との飲み会。

のはずが、人数揃わず少人数。
ただそれでも近況を聞けたので OK。

最後は睡眠不足が災いしてヘロヘロだったが、楽しく過ごせて大満足の長い1日だった。



7月5日(火)

昨日までは忙しさに追われて「イギリスを離れる」ことに対する実感が湧かず、感慨にひたることもほとんどなかった。

しかしミラノに到着してホテルで落ち着くと実感が湧いてきたのかいろいろと考え事が浮かんでは消え、疲れていたにもかかわらずなかなか寝付けなかった。

寝付けなかった理由は単にイギリスで経験することのない暑さのせいだけかもしれないが。

そんなことはともかくミラノ観光の開始。

私は荷物を持っての移動を最小限にしたかったため、空港からのバスが到着するミラノ中央駅のそばに宿泊している。

ガイドブックによるとここからは地下鉄に乗るのが常套手段のようだが、地図を見ると歩けない
距離ではなさそうだ。

ロンドンやパリを訪れた際の経験から、都市観光を楽しむには地下鉄等に乗らず自分の足で
ひたすら歩くのが一番である。

そういった理由から観光名所であり街の中心となっているドゥオーモ(大聖堂)目指して歩き、
到着後もデパートも含めたその周辺をウロウロ。

昼食はそのそばのガッレリアと呼ばれるアーケードの中にある「日本語メニューあります。」と
日本語で外に看板を掲げてあるようなコテコテの観光客向けのイタリアン。

しかし期待を上回るパスタの美味さ。
観光客向けなのは品質ではなく、ビールと合わせただけで20ユーロになってしまう価格設定の
ほうか。

日本人観光客をかなり意識した店ではあり、イタリア人は客のうち半分もいないようだ。
しかしイタリア語以外に聞こえてくる周囲の言葉は日本語ではなく中国語。

パリのタクシー運転手が「今は日本人より中国人の方が金を使う。」と語っていたのを思い出す。

世界経済の動きは世界各地に少しずつ影響を与えているのだ。

その後の過ごし方を考えたが、私は城・教会・美術館・博物館、といったものにほとんど興味を
そそられないので(だったら何を観光するのだ、と自分でも思う)、ミラノといえばファッションでしょ、と買い物に決定。

残念ながらまだごく一部のブランドしか夏のセールを開始しておらず、とても手を出せないので
ガイドブックを頼りに20分ほど歩いてアウトレットのお店に。

最近の日本やアメリカでのアウトレットモールとは比べるべくもない小さなアウトレット。

そこで知らないブランドながら小奇麗な感じの2品ゲット。

その後はミラノに着たからにはおしゃれなカフェでお茶でしょ、とカフェを探す。

おしゃれなイタリア人が集うよさげなカフェを発見するも、通じない言葉・いかにも旅行者風の
小汚い格好・洗練されたインテリアで埋め尽くされた慣れぬ風景etc、34のおっさんが入るにはハードル高すぎ。

しかし「ここに入らなければミラノに来た甲斐がない!」と自分を叱咤激励し、1度2度カフェの
前をウロウロして心を落ち着けてから入場。

無事エスプレッソを手にし、寛ぎを試みるも居心地悪し。

いや、そもそも炎天下の中を歩き回り、疲れ果てて喉がカラカラになった状態でエスプレッソを
飲む、というのは間違った行動であると私も思う。

そそくさと退散して街に点在するキオスクのようなところで水を入手して再休憩。

再びドゥオーモに戻ってきたときにはもう歩き回る気力も体力も残っておらず、ジェラート(アイス
クリーム)を楽しみながらホテルへ戻る。

少々休んだ後、ホテルの近所のレストランへ。

ここでは最後の食事だし、と思いフルコースに挑戦。
メニューには英訳が付いており何とかなった。

<食前酒>
説明されてもわからないので適当にメニューを指差してグラスワイン。
説明どころか味の違いもわからないのだが。

<前菜>
中田英寿が所属していたことで有名な都市、パルマの生ハム。
とろけるようで美味し。

<パスタ>
ペンネのきのこクリームソース。
私がテスコオリジナルで作っていたものと同じジャンルの食べ物とは思えない。

<メイン>
仔牛のなんたらかんたら。
名前は覚えられなかったが、これもとろけるようで忘れ難い味。

<デザート>
かつての大ブームが懐かしいティラミス。
当時喜んで食べてたものと違うもののような気がする。

しかしこちらのものは私には甘すぎ、日本でのまがい物の方が好ましいのは皮肉である。

<カプチーノ>
これは特筆すべきことなく普通に美味。

しめて40ユーロと大満足ではあったが、やはり周囲の人たちが楽しそうに時間を過ごす中、一人ポツンと食事をとるのは寂しいものだ。
イギリスのパブでスポーツ中継を見ながら一人で食事するのは特に寂しく感じないのに。

言葉の違いも勿論大きいが、それ以外にも生活習慣や常識などイタリアに対する知識が全くないせいで、表現が難しいが「敷居の高さ」というか「居心地の悪さ」を感じている自分に驚いている。

イギリス国内(リバプールやエディンバラ等)を旅行した際にはこんなこと全く思わなかったのに。

住めば都、気付かないうちにイギリスは私にとって「日本に次いで居心地のいい国」になっていたようだ。

離れて1日しかたっていないのにイギリスを懐かしく思うことに私自身が驚いている。



7月4日(月)

昨晩寝付いたのが3時ごろだっただろうか。
当然のように7時の目覚ましでの起床に失敗。

私の部屋を3週間ほど引き継ぐ政治系学部の学生である T さんからの電話で目を覚ます。

「朝から荷物運び入れていいよ。」
と伝えてあったのでその確認の電話だった。

荷物の搬入を11時まで待ってもらい、二日酔いの不快感を我慢しつつ起床。

その間に荷造りや洗濯に取り組み、T さんが搬入を開始すると私は外出して銀行口座の解約を済ませ、本屋にあるウォーリックオリジナルグッズを物色。

様々なグッズに Warwick ロゴを入れて販売しているのだが、その中の1つに「Warwick ロゴ入り
ネクタイ」を発見。

これを見ると私が某老舗系百貨店に入社したときの同期生の1人が彼の母校である法政大学
オリジナルネクタイを愛用していたことを思い起こされる。

彼は今どこで何をしているのだろうか?

オリジナルグッズの中にはセンスのかけらもないものから可愛らしいものまで様々ある。

「Warwick」というロゴが服に書いてあっても日本での知名度のなさが幸いして何の違和感も
与えないだろう。
ということで Tシャツ・冬用帽子・マグカップを購入。

部屋に戻って掃除をしたりしているとあっという間に時間になり、N さん一家+ Y さんに車で
送っていただきバーミンガム空港へ。

空港では学校を早退してきた N さんの息子の S 君とハグでお別れ。

彼は私の事をいつまで覚えてくれているであろうか。

父の同級生、という立場の人物をいつまでも覚えてはいないのが普通だろう。

私の存在そのものではなく、私も登場した彼の英国での生活の思い出が彼の心の中で楽しく
美しいものとして残ってくれればそれでいいのだ。

そして N さん・Y さん、また日本でお会いしましょう。
約束した日本での3人だけの卒業式を来冬に実現させましょう。

私はそのときまでに卒業資格と職を得ておかなければ。。。

機内では地球の歩き方を熟読してミラノでの過ごし方を考える。

時間は実質1日しかない。
近郊にでかけていてはミラノそのものを全く体験できないかもしれない。

市内をぶらぶら歩いて過ごす事に決定。

ミラノには2時間弱で到着、バスに乗って市街に到着して重い荷物に苦しみながらホテルに
たどり着くともう夜10時前。

イギリスより緯度が低いため、すでに真っ暗。

昨日の疲れもあってふらふら出かける元気もなく、部屋でこの日記を書いたりおとなしく過ごす。

明日1日は観光客としてひたすらミラノを楽しもう。



7月3日(日)

昼前には課題を書き終える。

提出期限は来週の月曜日なので慎重に読み直しをして日本からの提出でいいだろう。
ここでの作業はとりあえず終了。

図書館に本を返却したりした後、変圧器を譲るために今春こちらに来た方を訪問。

今日が初対面だったわけだが、お宅に上がりこんで話し込む。

留学の経緯を聞いてみると、私の実家の近所の企業から派遣されて来ているそうだ。
広島の中でもさらにマイナーな地域の話に花を咲かせる。

時に世間は非常に狭いものであり、人の縁とはかくも不思議なものなり。

英国生活最後の夜は N さん宅で Y さんも交えての飲み会。

やはり最後の晩餐にはこのメンバーがふさわしい。

ウォーリック MBA には日本人は少ないため、MBA 留学で得られるものの1つである日本人人脈の広がりという点では恵まれない環境かもしれない。

しかしそういった点は他学部の日本人学生や欧州他学校のビジネススクールへの留学生との
付き合いもあり、全く不足感はない。

むしろウォーリック MBA のお二人と深い付き合いができたぶん、満足感は大きい。

これは高負荷の環境に放り込まれた保守本能と言えばそうかもしれないが、それ以上に3人ともいい大人(私が最年少)であることと、それぞれのバックグラウンドが全く異なることからお互いの話を尊敬の念を持ちながら興味深く聞くことができたというのが本当のところだろう。

いずれにせよいろいろな面で苦境に立たされた私がここまでたどり着けたのは間違いなくお二人のおかげである。
本当にありがとうございました。

最後の夜はスコッチウィスキーの消費スピード同様に早いペースで時間が過ぎていく。

「思えば遠くに来たものだ。」

この言葉が英国生活が始まった1年前でなく、終幕を迎えた今になって私の脳裏から離れない。



7月2日(土)

引越し作業も一山超えたため終日課題の追い込み。

何とかほぼ終了。

ここでこの科目の評価をしておく。

・科目名:Business Transformation
・講師:Yasmin Merali
・試験:なし。
 評価は個人論文で100%の評価。
・2つの課題から任意に1つを選択するシステム。
・1つは自己の体験から企業を分析するもの、もう1つはアカデミックな小論文。
・アカデミックな方は難解なため、企業分析を選択。
・「これまでに体験した変化をもたらすプロジェクトを批評せよ。」
・プロジェクトには以前の勤務先でセールス向けにイントラネットを導入したことを選択。
・分析にはナレッジマネジメントの始祖的存在である野中氏のセオリーとそのセオリーを「実践的
 でない。」と批判しているガルビンのものを使用。
・授業そのものは難解な理屈をこねくりまわす退屈極まりないものであったが、過去の自分の
 経験や勤務先企業を分析するというのは意義あるものだ。
 この課題を通じてようやく授業の価値があったと感じる。
・出来具合としてはセオリーに従ったシンプルな構成でわかりやすく仕上がったとの自負はあり、
 まあ50%はくれていいだろう。

当初は卒業プロジェクトにインターネットを活用してのマーケティング戦略を取り扱うつもりでいたため、IT ビジネスに触れるというこの科目を選択した。

しかし難解な理屈をふりまわす非常に退屈な授業で、はっきり言って失敗だった。

講師は熱意を持ってやっていたしこういった学問が研究の価値があるのは理解するものの、この科目を就職予備校の側面もある MBA で行う意義が良くわからない。
Week 9のインターナショナルマーケティングを選択すべきだった。

ということでこの科目の評価は「不可」とする。

課題を通じて過去の自己の経験を整理し、次に似たような経験をするなら改善したものに出来る自信が付いたのがせめてもの救いだろうか。



7月1日(金)

朝から引越し荷物の最終詰め込みと書類の記入。

Y さんと N さんに 1F までの搬出を手伝っていただいた後はひたすら日通が来るのを待つ。

しかし来ない。

「3時になっても来なかったら電話してください。」と日通のマニュアルに書かれており、イライラがほぼマックスに差し掛かった2時40分ごろドライバーから携帯に連絡が入る。

充電器買っておいてよかった。

トラックを見送った後はクレジットカードの解約の TEL。

早口でまくしたてられて何言ってるのか正直よくわからなかったのだが、
「他になんかしなきゃいけないことある?」
と念押しの確認をしたところ
「No.」
ということなので解約完了という解釈でいいだろう。

未だこんなレベルの英語力、成長したのは深刻に受け止めなくなった神経の太さだけ、である。

夜は日本人留学生の方々が送別会を近所のパブで開いてくれた。

会社を辞めたりするのと違い、遅かれ早かれ(ほとんど)皆日本に帰るわけであり、単に順番が早いというだけでこんな会を開いてもらって少々恐縮。

この1年間 MBA 組は常に目先の作業に追われて企画の立案などに一切関わることもなく幽霊部員に近い状態であったが、それでも数度参加したイベントでは楽しませてもらい、ここでの生活にいいアクセントをつけてくれた日本人留学生の皆様には感謝、である。

日本人学生だけをとってみても多種多様なバックグラウンドを持つ人達が集まるものであり、
こうした点も留学を通じて得られるメリットの1つだろう。

各位、日本でも定期的に集まる場を持ちましょう。